6年2組の同窓会名簿には、男女それぞれ23人の名前がある。
卒業してからおよそ70年、皆すでに81、2歳である。
それだけの年月はやはり重い。
幹事役のA君が苦心して作ってくれた、この名簿はその重さを物語り、何とも切ない。
「死去」と記された人が6人。加えて所在が分からない人が20人ほどもおり、
つい辛い思いへと向けさせる。
また加齢に伴う体調不良に悩まされている者も少なからずいる、
ということもA君は加え報告してくれた。
久し振りの同窓会に集まったのは男4人、女5人、46人のうちのたった9人だけ。
その数だけみても何とも寂しく、カラオケルームで開いたその会は、
にぎやかに歌うでもなし、それぞれが近況を語り合い、
ランチの時間を緩やかに過ごすのみだった。
そんな語らいの中で、隣に座る顔つやも良く、山にもよく登るというK君が
「もう終活やっているか」と聞いてきた。実は、らしきことは何もしていない。
「特に何も」と返しつつ、逆に「君は何かやっているの?」と尋ねてみた。
「写真の整理というか廃棄だね。
写真というのは自分だけの思い出になるものがほとんどじゃない。
そんなものを家族に遺したってしようがないよ」という。
「そうだよな」軽くうなづきながら、ある1枚の写真が思い浮かんだのである。

それは、1歳になるやならず、泣きじゃくる僕を母が膝に乗せ、
抱きしめるようにあやしている、あの写真だ。
僕のおちんちんがぴょろりとのぞき、小学生くらいになると姉がそれを見せて、
大笑いしながらからかった、あの写真だ。
気恥ずかしさなんてさらさらない。むしろ、自分がいとおしい。
そして、母がたまらなく恋しくなるのである。
母が逝ったのは平成7年、もう30年になる。84歳だった。
晩年、5年ほどは病院暮らしだった。
脳梗塞から始まった。症状は軽く、言葉もしっかりしていたし、
体もさほどのダメージを受けていなかったのだが、入院中に転倒し、
大腿骨を骨折してしまったのがいけなかった。
年寄りが足腰を骨折すると、それが引き金となって寝たきりになると
よく言われるが、その通りであった。
母を見舞ったある日。その日はちょうど昼食時だった。
歩けないのでそのままベッド上で食事をしようとしている。
母の側に寄り、ベッドの端に少しだけ尻を乗せた。
おかゆみたいな流動食、それをスプーンで母の口に運んでやった。
すると、それを見た看護師が「やめてください」と咎めるのである。
「なぜ?」と語気を強めた。ささやかな孝行を邪魔された思いだった。
「手助けすると、もう自分では食べようとしなくなりますよ」
……母の手を取り、そっとスプーンを握らせた。
他に悪いところはなかったが、日に日に衰えていくのが分かった。
おまけに認知症みたいな症状も出てきた。
病室に入り顔を見合わせると「遠いところをよく来てくれたね」と、
福岡から入院先の長崎まで高速道路で2時間かけてやって来た僕を
労ってくれるようなことを言うので安心したら、
その後の会話は誰と話しているのか、まったく分からないものになってしまう。
唖然とし、そしてたまらず、「トイレへ」と飛び出すように
病室のドアを開けたとたんに涙が零れ落ちた。
「もっと見舞ってあげたらよいのに……」そう言う妻に
「そうだね」と気のない返事を繰り返すだけ。そんな母を見るのが忍びなかった。
何とか笑顔を戻し病室に入った。
それから1カ月ほど経ったろうか、「おふくろがあまり良くない。
医者が状況を説明するらしいのでお前も来てくれ」長兄からの電話だった。
僕を待ち構えていたように医師は、右半分が真っ黒の
母の頭部のレントゲン写真を見せた。
「そんな切ないものは見せないでくれ」心中そう叫んでみても、
医師は素知らぬふうに「1年後かもしれないし、明日かもしれません」
そう冷たく告げたのである。その悲しみは1週間後のことだった。

A4を半分に折ったほどの小さな茶封筒に、
若い頃のモノクロ写真50数枚が無造作に入れてある。
その中に母の葬儀の日の写真が紛れ込んでいた。
この写真には、父はすでになく、長男、次男、それに長女、次女、
そして末っ子の僕、5人の兄弟姉妹が並んで写っている。
僕の2つ違い、三男の兄は欠けていた。
彼はすでに母より5年早く他界、50歳ちょっと手前の不幸だった。
1人欠けているとはいえ兄弟姉妹が一緒に写っているものは
おそらくこの1枚だけだろう。母の葬儀というのに、なぜか皆笑顔である。
ただ、あの写真はこの封筒の中にもなかった。どこへ行ったのだろうか。
記憶に残る幼児期の写真は、あれだけだというのに二度と見ることは出来ないのか。
おそらく、母の手元にあったに違いないと思うが、
亡くなった際、家財道具を整理するのに取り紛れてしまったのかもしれない。
少しばかりの寂しさはあるが、でも、あの写真の情景は、
82歳となっても、母の温もりをしっかり感じさせてくれる。
マリア像の横に置かれた写真の母は柔和な笑みを浮かべている。
生きていくことの辛さや悲しさとはおおよそ無縁と思える、
ぽっちゃりとしたかわいい顔だ。
そして、泣きじゃくる僕を抱きしめてくれたあの写真は、
今もなお母が優しい笑みを浮かべながら
胸にしっかりと抱き締めてくれているのかもしれない。きっと、そうだ。
年老いた末っ子は知らずツーッと鼻をすすった。